バリアフリーとユニバーサル
もうかなり昔に受けた講演のことを記憶で書くのでいい加減なこと書くかもしれませんが。
昔、ユニバーサルデザインというものについて、アメリカの方が解説する講演会があったのですが、その時、講演者が最初に言ったのが、「10mの道を3mづつ、健常者用、盲人用、車椅子用と分けてもバリアフリーです。それに対して、10mの道をどんな人でも使えるようにするのがユニバーサルの思想です。」ということでした。専用化すれば段々細分化が求められて、やがて非効率の袋小路に迷い込む。ならば、全員で同じものを使いやすいようにしたらよいではないか、という思想に膝を打つ思いでした。
その後、「なぜアメリカ人はそう発想するか」ということに解説が進んだのですが、その根本は「法の下の平等」という意識だと。
「合衆国連邦政府には、アメリカ市民権をもつ人間に対して、平等に社会サービスを提供する義務がある」からだ、というのです。
もし、ある市民が足が萎えているからといってそれだけで不便である、というのなら、それは合衆国連邦政府が彼からの信託に答えていない怠慢ではないか、そう発想するというのです。
先週から明らかになった某ホテルチェーンの建設時の虚偽申告と違法改造、脱力しそうな社長の「なんか、いけないの?」といいたそうな記者会見を目にして、ふと思い出したので備忘録かわりに書いてみました。
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