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2007年5月10日 (木)

医者が「患者様」を奪い合う時代

門司港の魚住です。

いつも拝見しているかんべぇ氏の日誌に表題のような記述がありました。

http://tameike.net/comments.htm の<5月9日>に、です。

それ読んで思い出したのですが、もう何年も前に高橋先生が治療のオークション化を言われていました。「これからの医療は患者が症状をオークションに掛けて最適な治療をする医師・医療機関を選ぶようになる」と。
そして、その時代のために「検査」と「治療」の分離が進む必要もあり、検査の機会はもっと広く開かれるべきだと。

私なりの(あやしい)理解で、昔、こういうblogエントリーを書いたこともあります。ご興味があれば御笑覧ください。

これからのコンビニエンスストア(コンビニの未来像)
http://goka.cocolog-nifty.com/mojiko/2005/09/post_89ee.html

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コメント

そうそう(笑)
しかし、私は「患者様と言うように」と指導されたら、多分、お断りして、「患者さん」で良いというところに転職すると思います(笑)

「検査」と「治療」の分離というのは、臨床の場にいる者としては理解しがたい事ですね。いったい誰が「診断」すると言うのでしょう?

投稿: Fumi | 2007年5月10日 (木) 10時04分

Fumiさん、ご無沙汰してます。プロのご意見感謝です。

患者というものは「権威」を求めるものですから、ビジネスとしてのドライな水平な関係にはそうそうならないだろう、と私も思います。とくにこの国では。

ただ、検査と治療の分離は、私は案外に分業が成立しうる気も最近しています。
神の目をもつ人が神の手をもつと限らないわけで、両端に分離したそれぞれの専門機関がビジネスとして成立しうるのではないか、とか思っています。

投稿: KU | 2007年5月10日 (木) 21時25分

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