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2008年12月 5日 (金)

実は今ひとつ、よく分からない議論なのです・・・

池田信夫氏のblogで「日本語はすでに亡びている」のエントリーを読んだのですが、肝心の紹介著作を読んでいないからかもしれませんが、実は今ひとつその危機感が分からない私です。

うえんなことだし誤解して失礼かもしれませんが、この人をして、なお日本が帝国であったことの残滓を引きずってしまうのかなぁ、という感じも持ちました。

私なんか日本語というのは「世界の中心」から見れば常にローカルな存在であり、そしてローカルな存在として実に巧みに世界の文化的中央のというものがもつ高圧的な力から身をかわして成長してきた、という気がします。(別に張り合う必要もないし、張り合えば最初から負けるのが当たり前です)

日本語の立ち位置というのは、世界の中央である中国の王朝政治文化から幕藩制度という中央から見ればいびつで畸形きわまりないながら、実にユニークで整備された政治制度を作った日本の政治と同じものではないかな、とか思います。

こんな歪な政治制度、中央(=当時は中華王朝制度)の正統から見れば正しくない、といえばその通りですが、でもその正しさに近づくことが日本人にとって意味があったわけでもなくて、この集団にとって必要だった生きて暮らしている上で一番よい制度への希求が、ああいう制度に育った。それで十分でしょ?と思うわけです。大陸でそれが良い制度か正しいかなんて、実際に大陸に暮らしているわけでも暮らすつもりもないのだから考慮する必要なんてなかったわけです。

言葉でも同じ話で、英語が普通語で日本語がローカルで、ローカルのくせになまじ便利だからけしからん、それでは普通語の世界に誰も参加しない、閉じた世界だ、というのはどこか倒錯したところがあるのではないか、と感じてならないのです。
そもそも普通の生活って、せいぜい半径百m程度に閉じてるもので、誰だってその閉じた生活の中で考えるたり行動したりするのが自然のことでしょう。
誰も世界の中央で一流人を演じるために生きているわけではないし、世界の中心で、諸民族の差異を超える普遍知を基に考え行動しなければならない、というのは大帝国の運営者という本当に一握りの特殊エリートにのみ要求されるモラルと常識で、私には池田信夫氏がそれを全日本人に求めているようにも見えるのです。それが倒錯の香りを感じる理由なのかなぁ、と。

どう嘆こうと日本人に日本語は与件であって、それを否定して英語という普通語に切り替える、というのは最初から無理な話でしょう。例えば「ローマ字化」とか、いままでもそういう試みは散々やってきていると思いますが、いい結果出てます?
日本語否定は多分「思考する」という行為それ自体できない人間を量産するだけの結果になるのではないでしょうか。思考って言語活動ですから、基礎になる言語を豊かにしておかないとできないことでしょう、そして、そこに日本語は成功してきた、と思いますから。
(その恩恵は、日本人のみならず大陸と旧漢語圏全体に波及したと思います)

それで、エントリーの結論が、
「日本の国語教育や英語教育をだめにしているのは、著者が守ろうとしている「文学」である。略
国語や英語の授業は廃止し、英語はすべて語学学校にアウトソースして、大学入試の語学はTOEFLで代えるべきだ。」
と、いうのなら、日本語の、と大上段に振りかぶる話でもなくて、教育制度とカリキュラム内容に問題あり、という話に過ぎない気がするのですが。

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コメント

そういう主張をする池田信夫が日本語でblogを書いているのが不思議です。

投稿: | 2008年12月 5日 (金) 21時37分

私も池田信夫氏の「日本語はすでに亡びている」に違和感を持ちました。

私は中学の国語の教師です。先日、「外来語」を授業で扱いましたが、子どもたちの多くは外来語が多くなっている現状に好意的でした。しかし一方で日本語は大切にしたいとも答えています。

言葉の豊かさを測る物差しは人それぞれでしょうが、言葉が生き物で、移り変わっていくことは、それは当然のことです。


「MRI」が読めずに病院をうろうろするおばあちゃんがいて、WTI原油先物取引のあおりとはわかっていても、ガソリンや灯油の価格に一喜一憂する人がたくさんいる、それが私の周りの日本です。英語教育の議論や世界標準に遅れるとかいった話とは、違う場所で多くの日本人は生きていいるのではないでしょうか。

「帝国の運営者という本当に一握りの特殊エリートにのみ要求されるモラルと常識で、私には池田信夫氏がそれを全日本人に求めているようにも見えるのです。それが倒錯の香りを感じる理由なのか」というくだりに共感しました。

投稿: しゅうえい | 2008年12月 6日 (土) 05時54分

はじめまして。私は池田氏のブログの愛読者です。「今ひとつよくわからない議論」とお感じになるのは当然です。池田氏は、自分が嫌いなタイプの人の悪口を言うのが好きなので、この「日本語が亡びるとき」の書評も、著者の木村氏のことが気に入らないだけなんです。ただ、「嫌いだ!」とだけ書くと、記事になりませんので、そこは後から取ってつけたようなことをあれこれ書いておられるのです。

投稿: おおくぼ | 2008年12月10日 (水) 22時57分

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