NHKが「坂の上の雲」を放映するなら、奥保鞏の紹介をしてもいいのでは?
小倉城で宮本武蔵の展示とか見ていて思ったのですが、
今年の年末NHKが司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」を放映する、ということで力入れて制作しているとここ数年きいてました。
便乗するわけではないのですが、ならこの機会に北九州は郷里の偉人として「奥保鞏」を全国に紹介してもよいのではないかな。
「我々は馬上天下をとった。くやしければ取り返せ」と公言した高官もいたという有司専制主義で超然とした明治政府下、要職を薩長藩閥で固めた陸海軍で、それでも日露戦争という国運を掛けた大戦争を戦うにあたって「奥は外せん」と評されて第二軍司令官を勤めた人。
元小倉藩士。小倉制圧に逆上陸してきた奇兵隊とは直接刃を交えている。
ついでにいえば、「坂の上の雲」の主人公秋山好古の騎兵旅団は、第二軍に所属していたので、物語の主人公の上官にあたります。
放映されるかどうか分かりませんが、坂の上の雲では、日露戦争が終わる頃、「これからどうするのか」と観戦武官に尋ねられた黒木為楨が「どんな戦争も終わってしまえばつまらないものだが、軍人はそのつまらなさに耐えねばならない」と語るシーンがありますが、奥保鞏という人は、その述懐を体現したような人だったらしく、凱旋式で驚喜する群衆を前に「済まぬ、許してくれ」と呟き瞑目し、むしろ功績を消そうとするところもあったらしく、死に際して伝記に類するものを編纂することを禁じて逝ったという。
大戦後、参謀総長。元帥。
昭和5年(1930)7月19日没。享年85。
「軍人は政治に関与せず」を信条とし静かな晩年を過ごした。死去のニュースが流れたとき「まだ生きていたのか」と驚く人が少なくなかったという。
この後の、統帥権を楯に軍人が国政に介入していく様を見たら、この人はどう思っただろう・・・。
この人にかぎらず、「坂の上の雲」の主人公たちは、多感な青春期に維新回天の内戦時代を過ごし、軍司令官・師団長クラスは文字通り戦場育ちであり、友人恩人を野辺送りで荼毘に付したこともあったろう。
軍事官僚であるまえに、江戸三百年絶えてなかった戦場で寝起きする武士として人格形成をされた人々であった。
奥保鞏は、そんな時代というか、世代を代表する人だろうと思う。
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