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2009年4月25日 (土)

「希望について」とかごちゃごちゃと

池田信夫blogから引用(こちら)。
今の日本が不幸なのは、富が失われていることより希望が失われていることだろう。終戦直後の日本では、若者は焼け跡に設計図を描いて新しい事業を興すことができたが、今では都市はコンクリートの建物で固められ、職場はノンワーキング・リッチに占拠されている。仕事がいやになっても、転職すると生涯収入は5000万円以上減る。起業してもうかると、東京地検特捜部がやってくる。

さらに、酒に酔って夜中の公園で裸になれば「公然わいせつ罪」で逮捕してガサ入れして貰えるし、加えて、一国の大臣じきじきに最低人間と罵られる、と。

いろいろフラストレーションがあったんだろうね
裸になりたい気持ち、分からないでもない。ちょっと騒ぎ過ぎじゃないか
と草薙事件について言ったらしい石原都知事の発言は、まぁ当たり前の大人の対応だよな、と思います。
もっとも、元祖「太陽族」が頭が少々白くなったからといって教条的倫理など口にしたら、もはやケアセンターにいるもう一つ上の世代の年寄りたちは口に含んだお茶吹き出すことでしょうけど。

若くなくなってつくづくと、若いうちは落ちるべき谷底には落ちておくべきなんだよな、と思う今日この頃ですし、社会が新しく変わって行く、その時その時に時代を作って行く原動力というのは、結局は今の仕組みに価値を感じない若い世代の、新鮮な(あるいは野卑な)発想でのトライと失敗と再挑戦の繰り返しではないか、と思う今日この頃です。
それなくして、社会全体の新環境への適応変化はおこりえないのだろう、と。

そんなことつらつら考えながら、時々読むらくちん氏のblogで、
「人口減少による低成長というのは、資源配分の固定化を生み、その資源配分の固定化が更なる、成長の低下を生むという、負のスパイラルを生みかねない。」
(ワークシェアとカースト制と資源配分)
(金融業は)資源配分を固定化せずに、安いコストで動的に最適化する試み」
(資源配分と金融)
という指摘を読んでいたら、ほりえもんとか若い世代の台頭が目立った舞台が金融であった、というのは何か非常に暗示的な気がしています。

別に若い奴に甘い顔をしろ、とは全く思わないのですが、先回りして道塞ぐとか、法的に厳しく、加えて社会的にも抹殺、という排除の完璧を期す、というのは幼稚な潔癖で大人の知恵ではないだろう、とか思うわけです。

とか、そういうことを考える種は、去年高橋洋一氏の「さらば財務省」を読んだ感想なんです。

変な感想なんですが、本人の自慢話の羅列にも見えるあの本を読んだ後、「結局、大蔵省という組織の文化というか精神的設計って、ここまでのところ成功したと言っていいじゃないの」と思えたわけなんです。
だって、これだけ「東大からキャリアを重ねて事務次官まで。それにふさわしい物事の受け取り方と考え方を身につける」という正統から異質ないわば「変な人」が若い芽のうちに抹殺されるわけでなく、その異質さが必要とされる時にはその必要とされる場所に行けて縦横にその才を使えたわけですから。これは、組織を設計するときに軽々しく現状固定の正義のみが繁栄を謳歌しないような文化が組み込まれていたからこそ可能だったのではないか、さすが国を動かす最高の組織として作られたところは、作り手の知恵のこもらせ方がちがうんだな、どんな老獪な年寄りがどんな顔で人を踊らせる舞台を作ったやら、とか思ったわけです。
まぁこれはあまりに変な、一昨日の方向の誤読かもしれませんけど。

なんとなく、今の日本社会は、リフォーム用の裏地の無い、基本直しのできないサイズぎりぎりの裁断をして作った一張羅の背広みたいになっているような気がしてなりません。
貧乏故に、ではなく、潔癖さ故に。
体のサイズは変動する。でもこの服はサイズ修正できないし、自己イメージに固執しているから体型が合わなくなって苦しくなっている筈なのに、そのことに気がつかない振りを続けようとしているような気がしています。(だから、つまらんことにもイライラする)

なんとも脈略がないつれづれな妄想につきあって読んでくれた方、感謝。そしてお疲れさまです。

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コメント

ご無沙汰です。
WHO(@中共&U.S.バイアス)によると「まだ慌てる時間じゃない」そうです。
しかし、専門家集団のCDCは「だから遅すぎたと言ってるんだ!」と言ってます。
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/24443479.htm

投稿: やま~と | 2009年4月26日 (日) 11時38分

↑ごめんなさい、コメントする記事間違えました。

投稿: やま~と | 2009年4月26日 (日) 15時00分

アメリカCDCは、対策が遅すぎたから感染爆発がおこるだろう、と言い出しているみたいですね。
ただ、感染爆発=大量死と決まっているわけでもありませんし、メキシコの1000人の患者の背後には10000人の自然治癒者もいるかもしれません。
いずれにせよ、日本にも入ってくるでしょうね。水際迎撃は、多分無理だと思います。
くしくもH1N1というスペイン風邪のウイルス。前回と同じで、最初の顔見せではなく、二幕目で大暴れをするのかもしれません。
危急存亡之秋までにどれだけ対策を重ねられるかが勝負かもしれません。目に見えないだけ、列島クルスク化(パック・フロント化)といっても難しい話ですが。
とりあえず、三洋のウイルスウォッシャー一台購入予定。

投稿: ku | 2009年4月27日 (月) 07時55分

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