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2009年8月30日 (日)

引用 ニッコロ・マキャヴェッリの政略論から

なぜ古代では秩序が保たれ、なぜ現代では無秩序が支配しているかの理由解明は、これまた簡単である。
 すべては昔は自由人であったが、今では奴隷の生活をするしかないことにある。
前にも説明したように、自由に生きることができる国では、社会全体が繁栄を享受できるようになるとは、歴史が示してくれる真実である。
 そのような社会では、結婚を避ける傾向もなく、財産を減らすおそれももたずに子孫を増やすことができたので、人口は健全な増え方をしたのであった。
 親たちは、自分の子が自由な社会に生き、それゆえに才能さえあれば、指導階級に属することを可能だと信ずることができたから、子の生まれるのを喜び、その子たちの養育にも力を入れることができたのだ。
 このような国家では、あらゆる分野での富が増えつづける。人々は、富を増やせば増やすほど、それを享受する喜びも増すことを知っていたからである。
 このような社会では、自由競争の原理が支配的になる。私的な利益と公的な利益の両方ともが、ごく自然に形で追求されるようになる。結果は、両方ともの繁栄につながるのだ。

ニッコロ・マキャヴェッリ-政略論-
                (塩野七生著 「マキャベリ語録」より)

たまたま開いたページに載っていた上の一文が気に入ったので引用紹介。
ローマ人の物語を、政治的には専制君主化してやがて滅亡するまで読んだものですから、けっこう引っかかる一文でした。

さて、選挙は凄まじいコントラストになったようですね。
負けた方は這い登ればいいのですが、勝った方は優越したものの負う義務の重さを担えるのかどうか・・・。

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2009年8月28日 (金)

「骸骨が大砲を引っ張っても仕方がない」

ココのblogエントリーに面白がってコメントした時に書いた、若槻 禮次郞が「ワシントン軍縮会議」で日本に不利と言われた軍縮案を飲んだ時に言った台詞。当時は批判されたそうですが、今読めば名言だと思います。
(ネイビーホリデー自体、もし実施されずに艦艇建造競争が続いたなら、対米戦力比は果たして10:7で済んだのか?という点も気になるのですが・・・)

wiki読むだけで、この人は日本憲政史の栄光と蹉跌を体現しているなぁ、とか思う今日この頃。
竹下登は、バブル崩壊の後、再びこの人の渡辺銀行の轍を踏むまいと、細心の注意で臨むことをその影響力をフルに行使して与野党に働きかけたそうですが、なるほど郷里の先輩なのですね。

wiki : 若槻禮次郎

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2009年8月27日 (木)

今日から初出勤

魚住@今日は暫定初出勤(会社立ち上げの事務が溜まっているから事務屋は正式辞令の前に出て来てくれとのこと)。
一昨日の転勤の報告が舌足らずでお騒がせしました。

今日からJPエクスプレスという小包宅配の専門会社へ出向します。
日通と合同で立ち上げる「郵便局のペリカン便(なのか?ブランドは??)」の会社です。
オフィスというか配送所は、北九州支店に作られます。
ということで、新しい勤務地は小倉北区荻埼。
あんな書き方をしたので、日本の遥かどこかに行ってしまうように誤解を与えたみたいですが、市内にいます。住んでいるのもあそこのままです。
言葉たらずでスミマセン。

撤退の噂もあったじり貧の小包事が、事業買収でシェア倍増(まぁ一つのミラクルですね)してようやく宅配三国志の一角に居続けることができるという折角の機会、他所の水も飲んでみようと、周りが警戒・忌諱する出向者募集に易々と自分から手を挙げた奴が、酔狂にも一人いたんですよ^^;北九州の端っこに。
というのも、blog読むだけで配置換えされてのこの一年の陰鬱さは透けて見える有様ですし、これが事務屋さんに戻るには最後のチャンスな気がしまして。振り向けば、なんとなく一年前から引かれていたレールだったか、って感じでして。
据え膳なんだろうなと思えば、「血反吐を吐く覚悟をもって」いかねばならない程の激多忙で不安定(*1)らしい出向先の日々も是非もなしです。

では、行ってまいります。


*1 何やら、時計の針を逆さに回したらパラダイスが来ると説いているのでは?と私からは見える人々には、存在をどうもひどく疎まれているようで・・・。
確かに、昔の通り国営に戻そうとしたら、「無かった事にする」には障害物としてあまりに大きそうですしね・・・。

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2009年8月26日 (水)

8/21は一つの記念日? ネット選挙の規制は"なかったことに"?

池田信夫blog「ネット選挙を「解禁」した自民党」
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/b329680450633a7655fcdb734ce9f055

自民党がネガティブキャンペーンの動画をupしたのが21日だそうで、その8月21日には、あの阿久根市長を勤める竹原信一氏が19日付けのblogで特定候補を支持する意志を明確にした*1ことを、「投票を呼び掛けたのではなく、あくまで個人の主張を述べたもの。選挙活動とはみなされない」と判断した旨を地元選管が表明した日でもあるとのこと。
このニュース

(*1 「市民から集めた税金をこれ以上に公務員の為に使うような自治労組織を支える国会議員が居てはならない。
従って、私は鹿児島4区の選挙では「小里やすひろ」氏
比例区では「みんなの党」を支持する」と、色まで変えて大文字で書いているがな・・・ココ )
そりゃまぁ自民党には許すが他には許さない、は公然とはできないでしょうね。あの位全国区で名が知れている人に矛盾を突かれて騒ぎになるのはこの時期痛い失点になるでしょうし。

今まで、失われた十年とも十五年とも言われた長い期間、頑として選挙へのネットの利用を許さなかった壁が、ある日突然、激しい抵抗運動と弾圧もないうちに"なかったことになった"わけでしょうか?・・・。
世の中の舞台裏が透けて見えてきそうなほどご都合の良い話ですが、まぁ政治は結果ですから一歩前進はとりあえず良いことだとは思います。
昔、誰だったか「権力はとってさえしまえば後はなんとでもなる」と言った政治家がいるそうですが、なにやら良い実例かもしれません。

しかしこんな事例を見ていると、「あぁ、なるほど時々座っている奴変えて競わせないとやっぱダメだよね」と皆に思われて自民党にとってはやぶ蛇になる気もするのですが、
もっとも、そういう未来にさっさと適応する新しい党の"売り"を作ろうとしているのなら、それは日本のためには心強い話の一つではないか、と。

なかなかえげつないネガティブキャンペーンのチラシも作っているみたいですね。
http://www.jimin.jp/sen_syu45/seisaku/pdf/pamphlet_honsyou.pdf
まぁこういう形で"日本に対する忠誠"が疑わしいと思われている政権党に踏み絵を迫ることは、私は歓迎ですけど。
踏み絵を迫られたら権力を預かり続けるために言葉での説得が求められるわけで、そこで説明と対話という行為が行われるわけですから。
(もちろんそうじゃない"意志の強要"も可能ですが、民衆島には「スポーツ射撃部」とか「軽飛行機部」とか整備されて無いよね、ね。-無論この島々以外のどこかで整備していることもありえないわけではなくて、"偉大な棟"同士の極東ラッパロ条約が実は存在していた、という可能性も理屈の上ではないとは言えないぞ^^;-)

それはともかく、しかし自民党も自分たちで思っているほどは"日本に対する忠誠"が信頼されているわけでもない、という気もします。

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さらば門司港

魚住@ごく個人的なご連絡です。

実は転勤します。
25日の今日(おっと、グズグズしているうちに日付が替わってしまった)が門司港最後の勤務でした。
門司港支店(その頃は門司港郵便局)に転勤してきたのが平成11年。昔々高校の時に年賀配達のバイトで働いたのが私の郵政生活のスタートでしたから、気分としては「ただいま」と言いそうな戻って来た感があったのですが、あれから十年も経っていたのですね。

本当は、9月1日が正式な辞令交付なのでその後に報告しようと思ったのですが、blog書く余力が残るかどうか不明なほど激多忙になりそうな悪寒があり、またすでに職場では先週内示がオープンになっている上、準備のため27日から寄越せ、と私が休みの昨日に追加の通達が来て、何も知らず今朝出勤したらいきなり明後日以降の残り少ない自分の勤務指定が抹消されていて面食らった(レイオフされるのかと思ったぞ^^;)けど周りは逆にみんな知っていた、という状態ですので、まぁこういう所に書いても処分は食らうまいと、一足早く最後の勤務を済ませた晩のささやかに一杯やった勢いで書いておきます。

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2009年8月25日 (火)

今日は即席ラーメンの日だそうです。

門司港の魚住です。

今日8月25日は即席ラーメン記念日なのだそうです。
由来は、日清食品が世界初の即席ラーメンを発売した日だから、とのこと。

インスタントラーメンは、確かに日本と、そして世界の食に大きな変化をもたらした、ささやかなしかし偉大な発明ではないか、と思います。
今では、日本の保存のきく軽食・日常食のみならず、世界中で愛され、災害時にはささやかな安らぎを与える温食でもあります。亜細亜諸国のみならず、たしか米軍のMREにも採用されていたのではなかったかな?

youtubeに、800以上の即席ラーメンの紹介動画を掲載中のtontantinさんという方のチャンネルを紹介しているコーナーがありましたが、覗いてみてびっくりです。いやはや、こんなに種類があるのですか。で、それをせっせと食べて撮影して喋って紹介していくこのエネルギーって凄いと思う。ちょっと圧巻。

きっと安藤百福も喜んでいるに違いない。

YouTube - tontantin さんのチャンネル
安藤百福氏については色々な解説があるでしょうが、極東ブログのこちらなどの一読はいかがでしょう。
安藤百福、逝く

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2009年8月23日 (日)

久しぶりに星を眺めた -双眼鏡病の再発か-

超久しぶりに星を見たくなって、寝る前に双眼鏡を取り出して夏の大三角形のあたりを流しました。
最初はベランダから見ていたのですが、丁度天頂で見にくいもので、マンションのお向かいの駐車場まで行って寝っ転がってしばしボサーっと金砂銀砂の天の川の旅。
うーん、双眼鏡欲しい欲しい病が再発しそうな悪寒。
勢いに任せてこれ、とか購入しかねない気分ですが、手持ち寝っ転がりの気軽さは皆無で持て余しそうだしなぁ・・・。

それにしても、やってみて思ったのですが、都市部で双眼鏡でも望遠鏡でも、ベランダとかで覗いているのって、誤解されそうでかなりリスキーですよね。
「覗き魔がいる」と通報されたら、そうじゃない、という潔白の証って立てようが無いわけですし。
私も昔は「趣味は」と聴かれたら、「覗きです (カメラのファインダーを、望遠鏡で星を、という意味です!!)」と答えて煙に撒いていたのですが、最近は身の危険を感じてそういう言い方はしないようにしております。

さて、夜明け前ですが、仕事いこう。

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2009年8月22日 (土)

思い出のメロディー

NHKの思い出のメロディーを、なんとなくニュースが終わった後もTVをつけっぱなしで見るともなく流していたのですが、これ、凄い番組ですね。
圧倒的アーカイブの蓄積を誇りそれを活用しているのはもちろん凄いのですが、そうではなくて、今現在のステージの演出がとっても豪勢で凄いなぁ、と。
こんなステージ、「あの頃みたいに作って」といわれても、もう作れない放送局だって民放にはあるのでは?って気がします。
毎週、私なんかだと「誰が見ているのだろう」と思うような歌謡ショーの作製と放送を続けることで、こういうステージを作り上げるノウハウとかの継承がなされているのかもしれませんね。

しかし、懐メロを唄う人たち、年取りましたねぇ。
ふと、「子供の時みたこの人のあの頃の年齢に自分がなったのか」とか、「あの頃のあの人、今の私より若かったのか」とか思うと、なんへこむものがありますね^^;
(サーカスが懐メロとして扱われているというのは、かなり効くボディブロー。
あの頃僕も若かった、てか^^;)

それにしても力入れて作っている番組だということは感じます。
もしかして、「この人たちをハイビジョン映像で残せる最後のチャンス」という気負いとか制作サイドにあるのでは?とか邪推してしまいます。
出演者にも、冥土の土産の大観衆とスポットライト、という意識があるのかも、とか思うと、なんかむげにテレビ切れないです。
正座して見ようかなぁ・・・。

デジタル放送が完全普及した頃には、司会者も含めて生きている人が一人も出て来ないけど超ドリームチームの出演者たちが唄う懐メロ番組とかつくられたりするのかなぁ・・・。
それって、なんかやだなぁ。

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聖お兄さん

妻がそういう漫画があるらしい、読んでみたい、と言っていたので、ブックオフで見つけた時に一巻を買って読んでみました。
いやぁ腹抱えて笑いました。これ我が国でしか生まれないギャグでしょうね。
世紀末の激務を済ませた二人の聖者が休暇をとって立川の安アパートを借りて過ごすささやかな生活の日々におこる四畳半ストーリ、なんて、まずもって日本人以外考えつかんでしょう。

でも、笑うと同時に、大丈夫か、作者の命は、とも思いました。
世界の大半の人が激怒しかねないし、キリスト教にも、まだ跳ねっ返りのヒットマンはいるんじゃない?
まぁ、作者も編集部も、身の危険を考えて多分アッラーは登場させないと思うけど・・・。
世界に冠たる某国の革命防衛隊がやってくるかもしれない。
ここ参考に

注.
実は登場している、という考え方も可能。
だって、父と子と精霊は三位一体、同じ主体の別の現れ方、という考え方もある(というかキリスト教の根幹)わけで・・・。
無論イスラムはこの論理を否定して、あくまでもナザレのイエスは人間の予言者の一人としている筈だけど・・・あぁ、この論理使ったギャグなんか書いたら二重にイスラムの敵意買って死刑判決決定かもね。

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2009年8月21日 (金)

対新型インフルエンザ このリレンザの使い方って普及しているのでしょうか?

急に新型インフルエンザの報道が増えたみたいですね。

・なぜ流行し出したか?--
>元々感染者数は増え続けていた。それが認識されていなかっただけ。
・ハイリスク者とは?--
>それが国内で認識されていなかったのが日本の問題。
国の責任であるが、意外と地方の保健行政担当者も知らなかった(知らない)?WHOが7月下旬に、妊婦が感染すると危険、症状が出たならすぐに抗インフルエンザ薬を投与せよ、という警告文すら知らないドクターが多い。
・ワクチンはどうなっている?--
>情報が某国並みに開示されないので分からない。
 多分後手後手になっていると思う。

毎度の「鳥及び新型インフルエンザ海外直近情報集」の徒然日記ですが、なんとなく筆者のため息が聞こえてきそうな気がします。
「人柱が立たんと見ようとしないのか」と悪態をつきたくなるのですが、まぁそんなものなのでしょうね。私も四六時中警戒して情報集めているわけではないし。

ちょっと気になって昨日、薬屋の店頭を覗いたら、まだこの辺ではマスク品切れという状態にはなっていないみたいです。つまり、まだこの辺りではみんな冷静。

さて、上記「鳥及び新型インフルエンザ海外直近情報集」に紹介されていたのですが、使いにくいと言われている治療薬のリレンザを、直接感染部位である上咽頭粘膜に付着させる、という治療法を考案したお医者さんがおられるそうです。
このリレンザでの即効治療自体効果が高いし、この療法を併用すれば、タミフルを服用投薬しても血中濃度があがるまでは10時間かかかるというタイムラグ(感染初期にしか効かないことを考えればこのタイムラグの影響は大きいのでは?)を埋めることができる、ということらしいです。

インフルエンザ 治療法新たな試み(pdf)
http://nxc.jp/tarunai/?action=common_download_main&upload_id=610

読んでいると、素人にはとても素晴らしい工夫に思えるのですが、これって普及しているのでしょうか?

もっとも、投薬の工夫以前に、我が国の場合はタミフルは薬害だというキャンベーンがマスコミによって繰り返されて、厚生省は「関連は確認できない」と発表しながらも「そんな筈はない」という批判をうけ根拠不明のまま「10代には投与しない」と決めているのですから、何日もたって新型と分からないとタミフル投与が許されない、という構図があります。感染初期にしか効かない薬を発熱して何日もたって飲んでも、効果期待できなくてウイルスが耐性をもつ手助けにしかならないのではないか、という気がするのですが・・・。

大手マスコミは、秋からの新型の流行を云々論説するなら、その前にタミフル薬害キャンベーンの落とし前をつけるべきではないか、とか身の程知らずに思う私です

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2009年8月20日 (木)

もはや聖域はなく

新司はつたい歩きできるようになった。
ハイハイの時はちゃぶ台の上に置いておけば手は出せなかったが、今やちゃぶ台の最深部にも手が伸びる。
もはや居間に聖域はなく、自由に這い回り何物に対しても興味津々で雄叫びをあげて手を伸ばし口に入れようとする様は、さながらリメス(国境防衛線)を突破してガリアを我が物顔で走り回る蛮族の如し。
この様から"新司アッティラ大王"と命名している。
これに対してわがおもちゃを守らんとする姉との間で勃発する抗争は熾烈を極め、大人は翻弄されるばかりである。

なんて、ね。
もうすぐ「ぐるぐるどかん」も踊れるようになるのかな。
子供の成長って早いもんですね。
新型インフルエンザのニュースが心配な昨今です。

さて、仕事に行ってきます。

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2009年8月19日 (水)

あー、やっと寝たか

明子も新司も、やっと寝た。

すやすや寝てる顔見たら天使だが、起きてる時はまさしく「かいじゅうたちのいるところ」。

寝床の枕元にBookPro置いてネットして寝るのが日課ですけど、二人が寝ないと持って来れない。
特に新司。液晶への突進ハイハイ、よだれ爆撃、嘗め攻撃と多彩な遊びを試みたくてしかたがないらしいく、黙っていたら確実に破壊されます(T.T)。

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やはり宇宙から降って来たんですよ。 だから宇宙を見上げましょう

驚いたなことえり。「そら」と入力したら「宇宙」と出たけど、この読み方って、正しいのか?

ここにコーナーを作っていくつか昔の放言を置いているのですが、その一つで昔こんな放言を書いたことがあります。
新しいスペイン風邪(遺伝子的には今大流行の新型はその系統だそうです)の大流行の年にこんなニュースを見るというのも、なにかの縁かもしれない・・・。

彗星のちりにアミノ酸、生命存在の可能性 NASA分析
【ワシントン=勝田敏彦】米航空宇宙局(NASA)は17日、無人探査機スターダストが彗星(すいせい)の近くで採取して地球に持ち帰った試料から、アミノ酸の一種「グリシン」が見つかったと発表した。グリシンは生命に不可欠なたんぱく質をつくる物質で、地球外でも生命が広く存在する可能性を示しているとしている。
2009年8月18日10時35分 asahi.com>ニュース>サイエンス>記事
http://www.asahi.com/science/update/0818/TKY200908180083.html

十年たってべらべら書いた放言に真実味が出て来たニュースを読むってのは妙な気分です。
彗星にアミノ酸があったのなら、小惑星にはどうなのか?実は、宇宙は命のパーツになる有機物で溢れていた、という結論になるかも。

で、そういうことなら、と、思い浮かぶのは我が国の探査機「はやぶさ」。
解説はこちら http://ja.wikipedia.org/wiki/はやぶさ_(探査機)

はやぶさは、果たして小惑星「イトカワ」の表面から試料採取に成功したのか?
そしてその試料には何が含まれているのか?
無事帰還して研究することができるのか?
(今、帰還軌道に乗っているだけでも凄いことだと思う)
俄然興味が出てきた今日この頃です。

wikiを読むと、はやぶさの後継は前途多難だそうですが、ぜひ継続してほしい、と思います。
かぐやにせよ、はやぶさにせよ、技術的にも大変なチャレンジをしているみたいですから、その経験の蓄積というものはとても貴重だと思います。科学探査衛星のチャレンジは軍事機密の縛りもうけないし、多分実地に体験する場にいない人には伝わらない(聴いたり読んだりでは真似できない)ノウハウが大きいでしょうから、技術流出も現在の時点ではあまり神経質になる必要はないでしょう。むしろ、最先端チャレンジ、ということで大々的に募集・スカウトすることで、世界の頭脳を日本に引き寄せる効果の方が大きいかもしれません。
(いやな言い方かもしれませんが、そうすることで核ミサイルとか大量殺戮脅迫兵器作りとかに消費されかねない人材を堅気の世界に引き止めておく効果もあるかもしれませんし)

「ものづくり日本」を言うのなら、今や何処の国でも作れる大衆消費的機材を作らせて国民に買わせることに国が借金して補助金をばらまくような目先の景気対策ばかり実施するより、この手の最先端チャレンジを国内企業にさせて十年後・二十年後の大衆化による技術革新に懸ける方もしないと、バランスが悪いと思いますし、「結局、年寄りが自分たちの世代の利益だけ追求して将来を食いつぶした」と言われるのではないか、と思うのですが、どんなものでしょうか?
(M-Vロケット(解説)も再開しましょうよ^^;)

追伸
そういえば、"あの"ホリエモンも宇宙旅行したいそうですね。
http://xbrand.yahoo.co.jp/category/lifestyle/3589/1.html

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2009年8月17日 (月)

えっ、おがたさんところに前田日明が応援に来てたの? しまった、ちょくちょく読んでおけば良かった(後悔)

明日から選挙ですね。
口(筆)に気をつけないと、
たとえば、

「八頭山なんて、エリートのセレブの、と言われても、敵対党への嫌がらせのために"統帥権の独立"なんてへ理屈をひねり出して国を滅ぼした日本立憲政治の堕天使じゃんか。世が世なら独立を取り戻した時点で三条河原で一族晒されてたかもしれないのだから、そんな名を俺が好きなわけないだろ。
へ理屈をひねって流布して世論を曲げるとか誰かを責める技術を才能というのなら、その技術を鳩病魔流と名乗らせろ」
とか、
これから参加させられる団体旅行ツアーは、「民衆がぎりぎり単独過半数で、時計を逆さに戻したいだけの、恨み言だけで国民の心頭は一杯だととなえる連中が強制退去させられて、みんなの島民が波乗りポイントをアドバイスするのが望みうるベストなツアー内容じゃないの」だとか、

なんて、そんな政治に絡むかもしれない放言は口にしてはいけないのですね。
気をつけますm(..)m

それはともかく、隣の選挙区で立候補する新人さんのところに、前田日明が来ていた、と一週間もたって知り、「しまった!!」と愕然としてしまいました。

来援の告知
10日(月)の16:00-16:30に、総合格闘家の前田日明氏が来援に来ます。前田氏については、言を尽くさないと分かってもらえない方もおられるかと思いますが、あえてどういう方かは述べません。新日時代、私はとてもファンでした。
http://ameblo.jp/rintaro-o/entry-10315799530.html

うーん、しらーっと遊びにいけばよかった。
これからはこの方のblogは毎日チェックしよう^^;
もしかしたら、また来るかもしれない!!
おがた林太郎ブログ

それはともかく、明日から大いくさが始まるのですから、今ごろ大変でしょうね、
個別の候補者に通れとか落ちろとか言えませんが、外交の現場を体験している政治家って必要だと思う私です。日本の繁栄って、別の地球に鉱脈があって、それを掘ってれば手に入るものではなくて、世界の色々な交流の上に浮かんでいるわけですし・・・。

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子供向けの「錆染め」のワークショップというものがあるそうです

門司港の魚住です。
お盆も終わってしまいましたねぇ。
昨晩、老松公園は恒例の盆踊り大会、花火奇麗でした。
会場から帰る時、妙に風が涼しいこと気がつきました。
夏も終わりか、という気になりました。
だからといって、それを惜しんで八月後半を1万3千回繰り返させる力は私にはありませんが・・・。

とかいうお宅な話題は脇に置いておいて、今回は子供向けのワークショップのご紹介です。


鉄の錆を布に写し取って染める、という"錆染め"というものがあるそうです。
それを子供たちに試してもらうワークショップが開催されるそうです。

会場:北九州市立こども文化会館
日時: 1日目:平成21年8月22日(土)13時〜16時
2日目:平成21年8月23日(日)13時〜16時
場所: 北九州市立こども文化会館 工作室
対象: 小学生以上と保護者10組
参加費 : 無料
持参品 : 鉄材※鉄材はこちらでも用意いたします。
染める布 ゴム手袋 金ダワシ エプロンなど汚れてもよい服装 雑巾

参加申込・お問い合わせ: 北九州市立こども文化会館
北九州市小倉北区下到津4-3-2 電話093-583-8866

協力:岸川商事株式会社
企画協力:特定非営利活動法人(NPO法人)創を考える会・北九州

申込が定員に達し次第、申込終了となるそうで、残席はあとわずか、とのことです。
子供の夏休みの勉強の一つ、として面白いかもしれません。

こども文化会館って、昔、松永文庫の松永さんが映画関係資料の展示したことがあるあの時の場所かなぁ・・・。

写真は、昔、井筒屋さんの屋上で撮ったもの。紹介したイベントとは関係ないのですが、親子繋がり、ということで。

さて、外も明るくなってきましたので仕事行ってきます。

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2009年8月15日 (土)

門司税関100周年記念誌

北九州港が開港120年なのだそうです。
正直、市制40余年の行政名で開港120年と言われてもピンと来ないものがありますし、どうなのかなぁ、悪意はなくても歴史の改ざんみたいな危うさも感じるのですが・・・。
「今を支配するものは、過去も未来も支配する」
なんてね・・・^^;

それはともかく、120周年についてmixiマイミクの方が書かれている日誌を読んで、紹介されている門司税関のサイトを覗いてみました。
門司税関の歴史
http://www.customs.go.jp/moji/moji_history/moji_history.html
門司税関100周年記念誌「門司港と門司税関の軌跡 ~ 門司税関100年の歴史 ~ 」って、pdfで全文公開されているのですね。
これはいいですね。さっそくダウンロード。
「第1節 築港前の門司」を読むと、門司もとい北九州港がいかに静かに寂れた田舎の浜辺だったかわかります。
(参考)明治17年(1884)頃の門司
楠原村、門司村、田野浦村、田野浦町の合計人口2,653人(514戸)
産業:酒場1(工員3)、醤油場1(工員3)、製塩場6(工員56)食塩製造高10,200石

酒蔵があったのか。醤油は今も続いていますね。同じ蔵なのでしょうか?
塩は絶滅産業。
今から、また製塩して"関門海峡の門司の塩"もとい北九州の塩って地元ブランドで売り出したら如何。


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2009年8月14日 (金)

今日も暑くなるかな

花火大会も終わって、8月も後半に。
また暑くなるかな。

では、日の出前ですが仕事行ってきます

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2009年8月13日 (木)

やぁー、あがっているあがっている

海峡花火大会、無事に花火があがっています。
ちょっと煙が多いですね。うちのマンションの屋上から見たら、煙で全く見えない状態でした。
諦めて部屋に戻ると、下半分が見える感じです。
湿っぽいから多めに発生するのかな?風もあまり強くないから滞留しているみたいです。

折角寄港した客船の皆さん、楽しめているといいけど、と思います。


今日はカメラがないので、写真撮れません。ごめんなさい。

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海峡花火大会の日の夕方だが・・・外はかなり激しい雨らしい

だいぶ激しい雨のようです。
対岸の下関どころか、三角山すら見えないです。

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2009年8月12日 (水)

ETC1000円で高速道路がパンパンで大渋滞のニュースを見ながら・・・

きっと道路族の議員も気がついたに違いない。

「タダにした方が、もっと道路作れ、の世論は盛り上がるんだ・・・」

ローマの水道は、時代を経るごとに増えていき、帝国続く限り減ったことはなかった。
日本の道路も同じでは?

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アメリカで音楽CDの流通が終わりつつあるというレポート

【元麻布春男の週刊PCホットライン】 音楽CDが死んでいく時代
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/hot/20090811_308311.html

アメリカでは、音楽CDというパッケージがビジネスとして維持できないレベルに達している、というお話。
音楽CDの店頭流通は痛んでおり、回復できない水準に達してしまったと考えている
とのこと。
これは、「アルバム」という表現方法の終わりまで走ってしまうのかも、ということですが、そういえばちょっと前に角松敏生さんがそのことを怒っていたような記憶が・・・。「楽曲をどう並べるかの編集権がアーティストから奪われる」って感じのコメントどこかで読んだような気がします。

それでも音楽は本来「消え物」ですから、ライブという時間と空間は技術革新では奪いようがないし二度と同じものは創り出せない。そういうものを持っているのというのはとてつもない強みじゃないかな、と思います。
だから、池田信夫氏がつねづね主張されていた通り、ライブが活動の中心になる、という意見は正しい気がします。

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2009年8月11日 (火)

むかーしの写真 老松町にあった消防署

フォトCD弄って発見しました。取り壊し前の、老松町に建っていた消防署の画像。

この隣(裏)の体育館に柔道習いに子供の頃通っていました・・・。
体育館は今もあります(今度行くのは、衆議院選挙の投票の時だな)けど、消防署は東本町だったかな、旧労災病院の跡地へ移転してもっと立派な建物になっています。
(とか、書かなくても地元の人には日常の景色^^;)

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昨日は日本の民法典の誕生日だったらしい

昨日、ラジオでDJがそんなこと言っていたので調べてみました。

正確な日にちは不明ですが、貞永元年(1232年)8月に鎌倉幕府が御成敗式目を発表したということですから、確かに日本人の日本人による日本人のための暮らしを律する法(civil law 市民法)の立法が始めてなされた日、とのことでよいのではないか、と。
それ以前から律令があるじゃないか、と言われそうですが、あれは借り物でしょう。この列島に暮らす人々とは無縁の権力や生活感覚の上に作られた体系なわけで、いかに当時世界最新の法思想とその成果といえども、日本人の生活を律する法律としては違和感ばりばりだったでしょう。

wikipediaの北条泰時(編纂責任者)の項目には、式目の目的について下記のとおり書いてます。
多くの裁判事件で同じような訴えでも強い者が勝ち、弱い者が負ける不公平を無くし、身分の高下にかかわらず、えこひいき無く公正な裁判をする基準として作ったのがこの式目である。京都辺りでは『ものも知らぬあずまえびすどもが何を言うか』と笑う人があるかも知れないし、またその規準としてはすでに立派な律令があるではないかと反問されるかもしれない。しかし、田舎では律令の法に通じている者など万人に一人もいないのが実情である。こんな状態なのに律令の規定を適用して処罰したりするのは、まるで獣を罠にかけるようなものだ。この『式目』は漢字も知らぬこうした地方武士のために作られた法律であり、従者は主人に忠を尽くし、子は親に孝をつくすように、人の心の正直を尊び、曲がったのを捨てて、土民が安心して暮らせるように、というごく平凡な『道理』に基づいたものなのだ。

泰時は権利関係にうるさい武士たちの社会の宰領者として、自分たちが納得する「道理」(健全な常識)を明文化した法の必要を感じたのでしょうけど、フェアであることを保証する法律を作ろう、という意識は、専制政治の権力意識からは出て来ない発想かな、という気がします。専制政治とは、強い者は強い故に正しいとして支配しているわけで、えこひいきは当然の話でしょう。むしろえこひいきすることで力関係を常に見せつける必要がある社会でしょうし。
このあたり、幕府制度を作ったこの時代の武士たちの意識って、研究するととても面白いかもしれません。何しろ、東亜細亜の権力の型って、やって来て座り込んだ強い奴が周りの弱い奴に命令する、という基本専制政治しかし知らない世界じゃないか、と思いますし。

市民法としての式目とローマ法の比較研究とか、何かそんな本あったら読んでみたいな。
ローマ法は全て法のお手本となっていますが、今に伝わる体系はキリスト教会という専制神権政治にとって都合の良いものを残すというフィルターを潜って取捨選択された結果だそうですから、実は1000年の長きに渡ってローマ人が議場や裁判の場で言論を戦わせて練り上げてきたものとは微妙に変質させられているかもしれないそうですし・・・。


御成敗式目 貞永式目 現代語訳全文というのがありました。
http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/kyouken/kamakura/goseibaishikimoku/index.html

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2009年8月10日 (月)

多分、下関の昔の水上警察署の写真

昔のフォトCDのを覗いて見つけた写真。

活気が無いところを見ると、もう引っ越し終わって建物として取り壊される直前の姿ではないか、と思います。

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2009年8月 8日 (土)

白州次郎とマッカーサー どちらの意見が実態に近いのでしょうか?

一つの手紙を正反対に読んでいるわけですが、どちらが実態に近い意見なのでしょう・・・。

isologue - by 磯崎哲也事務所: 白洲次郎は本当にマッカーサーと対等に渡り合ったのか?
http://www.tez.com/blog/archives/001406.html

貞子ちゃんの連れ連れ日記 白洲次郎がマッカーサーに手紙で思いっきり皮肉と嫌味を飛ばしていた件
http://angel.ap.teacup.com/newsadakoblog/1383.html

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2009年8月 7日 (金)

路上で遊ぶ子供たち 門司港駅でのスナップ

路上といっても、駅の構内ですから車に轢かれる心配はないのです。
nowかblogで昔upしている気はするのですが、気にせず再up。ネットの過去ログなんて、埋もれて誰も知らない遺跡みたいなものですしね。

二枚目は門司港駅と三角山。働かない管理人を勤めているmixi「ホントの門司港が大好き」の表紙画像にしているものです。
(ホント、働かないでスミマセン・・・m(..)m )


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2009年8月 6日 (木)

只のモノクローム画像

本当にただのモノクローム画像です。

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解体されるみどり湯さん

先日閉店したみどり湯さんが解体中らしいと友人から知らされて、ちょっと昨日行ってみました。

もうあらかた壊されていました。
あの煙突も、今日には壊されるのだろう、と思います。


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2009年8月 5日 (水)

スティリコの生涯にふと東亜細亜史のあの人を思う 「ローマ人の物語」読書日誌

「ローマ人の物語」、ついに最終章の「ローマ世界の終焉」に突入。
"最後のローマ人"と作者の塩野七生さんが絶賛する、西ローマを支えた柱石スティリコが謀殺されたところです。

キリスト教歴395年、ローマ皇帝テオドシウス崩御。死に際して文武百官を集め、彼らの前で帝国を二人の幼い息子に残し、その後見として自身が戦塵の中から見つけ育てた将軍を指名、彼に幼い皇帝たちと帝国の命運を託した。
以来13年、愚昧な西ローマ皇帝ホノリウスを擁し、怒濤の如く押し寄せる蛮族の大波からよく帝国を守り続けたが、408年反逆罪・異端者の汚名を被り斬首、その功績は全て記録抹消された。

この人の章を読んでいて、ふと「そういえば、東アジアにも同じような立場となった人がいたなぁ」と思い出しました。
同じく、自分をその地位に引き上げた皇帝の死に際して息子を託され、よく内を治め、帝国の復興を旗印に外征すること三度。寝食を忘れ奮闘するも大望ついに叶わず旅陣に客死した蜀の宰相、諸葛亮孔明。
ただし、諸葛亮は反逆の嫌疑などに患わされることなく、終世宰相として職務に専念できたのだから幸せだったといえるかもしれません。

なぜ諸葛亮は最後まで下克上の疑いを抱かれることから免れたのだろう、宮廷権力争いとか洋の東西を問わずだし、むしろ専制しか知らない東アジアの方が陰湿な謀略の技術は磨かれているかもしれないのに・・・、と考えて、直ぐに、馬鹿馬鹿しい、この人にそんな疑惑、でっち上げても蜀の要人は誰も本気にしないわな、と思い返しました。

諸葛亮を三顧の礼で自身の軍営に迎え、蜀漢国を建国した劉備は、キリスト教暦221年、白帝城で失意の中で崩じるにあたり、駆けつけた諸官を前に宰相諸葛亮に後事を託した。
その託し方がもの凄い。
「君は必ず蜀を盛りたて漢の再統一を果たしてくれると信じている。わが子劉禅に素質があれば補佐してくれ。だがもし凡器だと思ったなら、君が取って代わってくれ」と。
言われた諸葛亮も、まさかそこまで明言するか、と驚いたことだろう。
この激烈な託し方に、感極まって血の涙を流して拝跪し劉禅への終世の忠誠を誓ったという。

この故事があればこそ、諸葛亮の足を引っ張ろうと謀反の危険を誰かが言い出したとしても、同時代の人々は笑って取り合わなかったことだろうし、碌でもない手合いのサロンになっていたらしい劉禅の後宮で何が耳元で囁かれたとしても、劉禅にとって宰相諸葛亮はアンタッチャブルな存在だったのかもしれません。(劉備は劉禅には「宰相を父と思え」と言い残した)

劉備という人は、そこまで読んでそんな遺言をしたのか?それともこれが無策の策というものなのか、私には分からないのですが、後事を託する宰相に鉄壁の保護を与えて死んだ、ということは言えると思います。
では、もしテオドシウスがスティリコに同じことを言い残したら、どうなっていただろう?とか想像してしまいます。

おそらく、「はい、じゃぁ私が玉座に座ります」とはならなかったでしょう。そうまで言ってもらって、臣下であると自己規定している人間がそんなこと言える訳がない。ましてかれは半蛮族ですから、三顧の礼で迎えられた諸葛亮よりも最初から立場はずっと弱い。
しかし、だからこそ、「とって代わってもいいぞ」と言われて「そんなことはしません。忠誠を尽くします」と宣誓した故事があれば、反逆の罪状で取り除くという陰謀はよほどの証拠でも捏造しない限り、人々を納得させられず成立しないのではないか、という気がします。
「あの人がそんなことをこそこそ謀る必要なんかないじゃないか。それはおかしいぞ」という声があがるのは火を見るより明らかです。
まして皇帝ホノリウス自身、死を賜う勅命にサインする時の重圧は半端なものではないでしょう。求められても逃げ出したかもしれません。


もっとも、スティリコがその後も存命で帝国宰相として活躍したからといって、その後のローマが昔日の栄光を取り戻すことはあり得なかったのですが、あるいは我が国でいう武家と朝廷のような位置関係をなんとか築こうとして、ある程度形にできたのかもしれない、という気はしないではないです。
もっとも、その朝廷の位置を狙ってその席を確保したキリスト教会という政治勢力があることを思えば、西洋世界ではローマ帝国という席はあの時代で無くなるのが運命だったのかもしれません。

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2009年8月 4日 (火)

昔の画像 山城屋の全景

山城屋さんがあった頃の桟橋通の十字路です。

もう電車の線路がないので、少し新しい写真ということになります。

ところで、この山城屋さんのとなりに新聞屋さんがあって、今も同じ場所でマンションの隣にあるのですが、大正時代の、まだ山城屋さんが建っていない時代の地図に、そのお店の名前があることが分かりました。

いったい、いつから新聞屋さんしているのだろう・・・。

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日の出の前に、夕日の画像ってどうなんだろう、とは思うけど

まだ日の出には三十分ほどあるのですが、upする画像は夕日。
それもむかーしの夕日で、だから写っている岸壁は、多分昔のL岸です。

さて、仕事行ってきます。

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2009年8月 3日 (月)

トロッコ列車「潮風号」のビアガーデン

八月ですね。梅雨開けの宣言はないし、朝夕妙に涼しい門司港です。
さて、4月下旬に開業した『やまぎんレトロライン「潮風号」』、予想を大幅に上回る大人気が続いて、関係者が目安としていた乗客数6万人を早々に突破して、なお休日は沢山のお客さんが乗っているのを目にします。(妻と娘はもう乗ったけど、私はまだ未体験^^;)
門司港コミュのメンバーとか、多くの友人・知人が各駅の駅長などのボランティアに参加して休日には運営に参加中です。

そのトロッコ列車をつかって、今月、「潮風号」の乗車と、終点の関門海峡めかり駅前でのビアガーデンをセットにしたイベント運行が行われるそうです。
潮風号の車内で地ビール等のウェルカムドリンクを飲みつつ夕日のめかりへ。
めかりでは、関門海峡の夕景を一望できるビアガーデン会場でジンギスカンなど10種類以上のおつまみとビール・飲み物をフリーで楽しんで、また潮風号に乗り込んで門司港駅まで帰ってくる、というものです。
ビアガーデン会場では、大道芸人によるお笑いアトラクションも開催される予定だという。

なかなか面白そうなビアガーデンだと思います。
皆さんもぜひ。
開催日は8月6日(木)、 7日(金)、8日(土)、20日(木)、21日(金)、22日(土)の6日間です。
参加費用は大人4000円、中高校生3000円、小学生2000円、幼児500円、3歳未満は無料。
各便共に定員が70名ですから、お早めにご予約を。

予約受付:門司港地ビール工房『潮風ビアガーデン係』
          (093)-321-6835
受付時間:11:00~18:00
受付期間:7月15日~開催日前日まで

詳細はこちらでご覧ください。
http://www.retro-line.net/archives/654

下記画像が配布されているチラシ。
うーん、イラスト春の絵だなぁ・・・。
夏バージョンとか秋バージョンとか、夕日バージョンとか欲しいし、それで切手とか作るといいかもしれんなぁ・・・。
記念キッブ付切手シートとか、もしも実現できたら面白いかも・・・。

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2009年8月 2日 (日)

硝子窓の向こうの花 と、パナのGHを巡る妄想

どこで撮ったのだったかな。

図書館文庫屋さんが開設したてで覗いた時だったかな。
だから、旧庄司小学校の木造校舎の窓です、これ。

この頃使っていたカメラは、Dimage7i 。
そういえば、この間から気になっているマイクロフォーサーズって光学ファインダーないんだなぁ。
液晶のビューファインダーって、Dimageの頃より絵は奇麗になったのかなぁ。

最近、PENもいいけど、パナのGHが気になっている私。
すごいですね、あれ。専用の外付けステレオマイクまである。それってスチルカメラのアクセサリーじゃねぇだろう。
あれにこの間のアダプターを噛ませると、αレンズでHDムービーが撮れる。凄く魅力的ですね。・・・って、大体天下のSONYはどうしてその手のボディ出さないのだろう?

と、妄想が膨らむのはいいが、MacのiMoveってAVCHDの動画って対応してたかな?動画編集ソフト買う余力はないぞ^^;って、それ以前に財布は空だ。新しいボディ自体むりだって。

じっと手を見る・・・^0^)

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昔の写真 そういえばこの壁も今はないんだった。

職場の門司港郵便局(私は配達屋さんの郵便事業会社の方の社員。因に土地建物は事業会社の方に管理責任があったりする)の隣が銀行だった頃の壁です。
因に、今は全立て替えられて透析の病院になっています。

そういえば、遅くなった冬の夜なんか、こんな壁を見ながらとぼとぼ帰ったなぁ・・・。

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2009年8月 1日 (土)

昨日、ローマが滅亡しました。-「ローマ人の物語」読書日記-

「ローマ人の物語」、キリストの勝利の巻を読んでいます。
昨晩、キリスト教がローマの国教とされるところ、皇帝がローマの守護神とされたユピテル神を廃して犯罪者として追放、キリスト教を国教にするように元老院に迫ったあたり。
これが、キリスト教暦388年の出来事ということで、私は諸説あるローマ帝国滅亡認定で、この年をもってローマ滅亡という説を唱えたいです。

なぜって、これって「社稷を毀った」ということでしょ?
ローマの個々の家々で、その一家一門集まって祭儀を行うことが死罪をもって禁止され、国家としても建国以来の市民共通祭儀を行うことが死をもって禁止され、その祭壇を壊された以上は、だから建国の祖ロムルスに始まる伝説をもつローマという國は、ここでおしまい。
これ以降、ローマを名乗る国がしばし続きますが、それは別の国で、後ローマと呼ぶべきではないか、とか。

それにしても、この「キリストの勝利」の巻は、読んでて面白くないなぁ・・・。
シンマクスvsアンプロシウスの論争も、あまり面白いものではないし、勝ったアンプロシウスには、「あと何百年か長生きして、同じことをアッラーの徒の大守に言ってみたら」という後世の意地悪な感想をもってしまう私。あるいは、この人はその時は雄弁・敬虔なイスラムの使徒として裁く側に座っているかも。いるよね、そういう人・・・。という"聖人"様に対して、不謹慎きわまりない感想を抱いてしまう私・・・。

研究者の中でも、専制君主化したディオクレティアヌス以降はローマじゃない、と投げ出す人がいるし、そうまでしてローマ帝国は存続するべきだったのか、という意見すらあるそうですが、一風の涼として最後のヒーロー"ユリアヌス"がいなければ、私もなげだしたかも。
体調の悪い時期、読み続ける不快さと戦った読書体験でした。

注/ユリアヌスについて
誤解をされそうですが、私はこの人が「背教者」と罵られるから支持しているわけではなくて、幽閉者としての前半生、意地悪な内情での副帝への大抜擢、生まれて始めて戎衣をつけた若者がガリアを取り戻す奇跡の勝利を生み出し、短期間ながらよく内を治め、惚れ込んだ軍団兵たちによる皇帝推挙、皇帝として悪某逞しい東方家臣団による陰謀のただ中での疑惑の死、というドラマティクな半生を送った悲劇の若者だからです。
でも、こういう若者に、こういう治世しか許さなかったのがこの時代のローマなんですね。
やはり、「仁義なき戦い アレシア頂上決戦」とか、「仁義の墓場 エジプト征服」とか読んでいる頃の方がおもろかったな(って、どういう理解の仕方だ^^;)。

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