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2009年8月11日 (火)

昨日は日本の民法典の誕生日だったらしい

昨日、ラジオでDJがそんなこと言っていたので調べてみました。

正確な日にちは不明ですが、貞永元年(1232年)8月に鎌倉幕府が御成敗式目を発表したということですから、確かに日本人の日本人による日本人のための暮らしを律する法(civil law 市民法)の立法が始めてなされた日、とのことでよいのではないか、と。
それ以前から律令があるじゃないか、と言われそうですが、あれは借り物でしょう。この列島に暮らす人々とは無縁の権力や生活感覚の上に作られた体系なわけで、いかに当時世界最新の法思想とその成果といえども、日本人の生活を律する法律としては違和感ばりばりだったでしょう。

wikipediaの北条泰時(編纂責任者)の項目には、式目の目的について下記のとおり書いてます。
多くの裁判事件で同じような訴えでも強い者が勝ち、弱い者が負ける不公平を無くし、身分の高下にかかわらず、えこひいき無く公正な裁判をする基準として作ったのがこの式目である。京都辺りでは『ものも知らぬあずまえびすどもが何を言うか』と笑う人があるかも知れないし、またその規準としてはすでに立派な律令があるではないかと反問されるかもしれない。しかし、田舎では律令の法に通じている者など万人に一人もいないのが実情である。こんな状態なのに律令の規定を適用して処罰したりするのは、まるで獣を罠にかけるようなものだ。この『式目』は漢字も知らぬこうした地方武士のために作られた法律であり、従者は主人に忠を尽くし、子は親に孝をつくすように、人の心の正直を尊び、曲がったのを捨てて、土民が安心して暮らせるように、というごく平凡な『道理』に基づいたものなのだ。

泰時は権利関係にうるさい武士たちの社会の宰領者として、自分たちが納得する「道理」(健全な常識)を明文化した法の必要を感じたのでしょうけど、フェアであることを保証する法律を作ろう、という意識は、専制政治の権力意識からは出て来ない発想かな、という気がします。専制政治とは、強い者は強い故に正しいとして支配しているわけで、えこひいきは当然の話でしょう。むしろえこひいきすることで力関係を常に見せつける必要がある社会でしょうし。
このあたり、幕府制度を作ったこの時代の武士たちの意識って、研究するととても面白いかもしれません。何しろ、東亜細亜の権力の型って、やって来て座り込んだ強い奴が周りの弱い奴に命令する、という基本専制政治しかし知らない世界じゃないか、と思いますし。

市民法としての式目とローマ法の比較研究とか、何かそんな本あったら読んでみたいな。
ローマ法は全て法のお手本となっていますが、今に伝わる体系はキリスト教会という専制神権政治にとって都合の良いものを残すというフィルターを潜って取捨選択された結果だそうですから、実は1000年の長きに渡ってローマ人が議場や裁判の場で言論を戦わせて練り上げてきたものとは微妙に変質させられているかもしれないそうですし・・・。


御成敗式目 貞永式目 現代語訳全文というのがありました。
http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/kyouken/kamakura/goseibaishikimoku/index.html

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