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2009年12月 4日 (金)

松本先生は守るべきものを誤っているのではないだろうか

アゴラにある
衆愚政治をどう克服するか? - 松本徹三
http://agora-web.jp/archives/815823.html
という文章を読んでいて思ったのですが、松本先生は守るべきものを見誤っているのではないか、という気がします。

我々は、どんな時でも、「全体主義の誘惑」には決して負けてはなりません。我々は、歴史の中に、「全体主義の不効率と不公正」を、もう嫌というほどに見てきました。ですから、「民主主義」は何としても維持しなければなりません。となると、「民主主義」を「衆愚政治」から救うことにこそが、何よりも大切です。

守るべきものは、民主主義なのでしょうか?
民主主義は、ローマの昔から非常時の"委任独裁"という非日常システムを内包しており、それが帝政を嗜好する者や全体主義者が社会を簒奪するとっかかりになったのではないでしょうか?
そして、民主主義の猥雑さを厭い、一糸乱れぬ統制を目指す彼らをスマートだと好ましさを国民が感じるようになった時、決めてもらうことやしてもらうことの安逸に憩いを感じてなーんも考えたくない、と国民が願う時、彼らは熟した実が落ちるのを拾うように易々と民主的制度に則り、その社会を支配する権利を手に入れたのではないでしょうか?
嫌悪や警戒と共にではなく、期待と歓声に囲まれて。

だから、民主政治を衆愚政治にしないために必要なもの、それは民主主義を守る努力ではなくて、自由主義である意志ではないでしょうか?

そして、多分自由が何より尊ばれる社会では、市民が互いの争いにけりをつける方法は、結局は公平な法の下での平等に機会を保証された民主的諸制度に由って結論を出すことで納得せざるをえないのではないでしょうか?
それが真理や正義とは距離のある"人生の損切り"みたいなものであれ、そこで納得せざるをえない面もあるし、それ以上を望むと社会を壊すだろうから引く、という感覚も持たざるを得なくなるかもしれません。
「理想的な民主主義(そんなものあるかどうか知らないのですが)」の政治とは、その集大成という"結果に過ぎないもの"ではないでしょうか?

どうもいい年こいてひねりもなにもなくて青臭いのですが、そんなことを考えたので、民主党政権の皆さんには「自由への嫌悪や怒り」があるような気がして、政治権力というホースの暗黒面に落ちるのではないか、と未来がとっても不安な今日この頃。

やっぱり、偉大な党と偉大な皆様への批判じみたものいいは、差し控えるべきですよね。
(ポルポトは許しても、誰かは許してくれないかもしれないですし・・・)
ハトミミ.comのニュースなんて、チェーカー募集かと思って一瞬心臓止まりそうでしたし。
今更他所の国に裸一貫で乳飲み子抱えて逃げ込める年でもないし、隣の大陸と犯罪者交換協定とか結ばれたら、どこで間違った心を矯正させられるのかしれたものでもないし^^;

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