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2010年3月18日 (木)

松浦晋也氏の東京都の「非実在青少年規制」についての反対意見

松浦晋也氏が東京都の「非実在青少年規制」について、下記反対意見を表明しています。
「緊急!東京都が児童ポルノ規制の美名の下、思想統制への道を開こうとしている」:「人と技術と情報の界面を探る」(PC Online)
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20100317/1023686/

私の意見ですか?
皇帝のものは皇帝へ。しかし神のものは神へ

厭う自由は誰にでもあります。なんらかのフィルタリングが必要だろうと、本屋で無造作に置かれている雑誌には思うこともあります。(私も娘の親なんですよ)
しかしそれを「裁けるのは誰なのか?」には神経質になった方がよくはないかと思いますが、いかがでしょうか?

役人が自由に猥褻か否かの価値判断して誰かを犯罪者として摘発できる力を与える、そうすればオートマチック&合理的に最短距離でデオドラントな罪なき楽園ができて善人たる自分たちは悩みなく憩える、という幻想は非常に危険ではないか、と。
少なくとも、大人っていう"脛に古傷の一つや二つは持っている奴ら"の知恵ではないよなぁ・・・。
いや、だからといって、この「空フェス」は大の大人がそれはなぁ、とも思ったのですが、しかしこれを官吏が犯罪として一斉検挙する、という姿の方がより好ましいとは私は思いません・・・。
なぜ『空飛ぶパンツ』が商品化され『空フェス!』が開催されたのか? - [NKH] ニコ生企画放送局

第一、考えてみてください。「何を」猥褻とするかは取り締まる方が一方的に決められるんですよ、理屈と膏薬はどこにでもつくのですから、「それは偉大な党を侮辱しており猥褻である」とか「革命精神が足りない卑猥なものである」とか「人民を惑わすエロであり仕分ける」とか言われて、猥褻の口実の下に政治的弾圧とか可能かもしれませんよ。名付けて"別件逮捕"ならぬ"別件弾圧"
こわいでしょ?

法は、非力な市民の寄る辺で、権力は、松明を掲げて正義の鉄槌を下そうという蜂起した人民のリンチの津波から、価値判断に囚われず個々の市民を守る堤防でもあるのですから、逆の抑圧装置になるような仕掛けをつくるのは注意しないと。

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