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2013年1月18日 (金)

twitterから 白虎隊の墓所にある「SPQR」と彫った慰霊碑のこと

会津若松の白虎隊の慰霊碑のところには、「SPQR」と彫った慰霊碑があるという。
「Senatus Populusque Romanus = 元老院とローマ市民」って、
さすがは日本は古い国だ。建国はかの国の共和制時代に遡るから、付き合いくらいあったろう、と誤解しそうだが、そんなに古いものではなくて、ムッソリーニがその悲劇に感動して贈った、ということらしい。
しかも一度GHQが壊したというおまけエピソードもついているという・・・。
 
 
でも、どうかなぁ・・・私の発言もリンクされていますが、当時のローマは少年兵を置かない国でした。ハンニバルに皆殺しにされ城壁まで追い詰められた時ですら、断固16-7歳以下に兵役を科さなかった国。
従軍を一人前の市民の義務と名誉として、彼ら友人たちと肩を並べて指揮するのを当然とした護民官たちが活躍し、その後帝政に移ってからも自ら国軍を率いない文官皇帝なんか一人もいない国。

(ムッソリーニは頭から無視して)そんな国の人々の目から見たら、勝てそうもない谷間の地形に逼塞して自ら前線に駒も進めず、兵が足りないからと子供たちだけを前線に置いてあまつさえ敵に何の損害も与えない自決で無為に消耗させた、というのでは、会津松平家は軽蔑と怒りの対象でしかないと思う。
悲劇の意味が違ってしまうのではないだろうか・・・。

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